見舞の手紙の書き方について

 見舞の手紙と一口にいってもこれには実はいろいろな種類がある。これを大きく分けると三つになる。その一は「時候の見舞」であり、その二は「病気見舞」、その三は「災厄(さいやく)見舞」である。今こうした見舞の手紙の書き方について特に注意すべき点を順を追って挙げてゆく。

 一、時候見舞は時季的に更にこれを細かく分けると、寒中見舞、余寒見舞、暑中見舞、残暑見舞、梅雨見舞の他、時候の移り変りに先方の安否を伺い健康を祈る旨を述べ、親しみの情をあらわすものでありたい。中で暑中見舞などは年賀状と同じように、ほとんど形式的なものとなってしまったようであるが、こうした形式はともかくとして、暑中見舞の手紙をもらった方の感じからいうと、あまりきまりきった文句だけの羅列ではまことに感銘が薄い。社交人は何百枚何千枚という見舞状をハガキで印刷して出すが、その印刷の端にホンの一、二行でも何か一筆でも書いてあればその手紙がぐんと生きてくるのである。

 二、時候見舞は前項でも述べた通り時候の移り変りに応じて出すものだから、時を失してはおかしなものになる。寒中見舞は一月初めの寒の入りから二月初めの節分までいわゆる寒三十日中に出すべきもの、節分すぎすなわち二月初旬以後の方が実際にはうんと寒さがきびしくとも「余寒」というのである。暑中見舞の方も七月中旬から八月上旬までの間に出さないといけない。八月上旬、実際にまだうだるような暑さが続いても暦の上で 「立秋」ということになれば「残暑」である。つまり「残暑きびしき折柄」となるのである。

 三、病気見舞や怪我見舞などは先方へ病気の状況を問うと共に、相手がくさくさしていたり、たいくつしていたりするのを慰めてやり、その上に出来るだけ病人に力をつけてあげなければならない。ことに病人というものは神経質になっているものだから気になるような神経に触れるような文字や言葉を使わないように注意する必要がある。

 四、病気療養中の友人へ病気見舞を出す時には、友情の温味がこんこんとほとばしるように書かなければならない。といってそれだけの友情の湧かないものはどうにもなるまいが、若しそうなると親友の情は時として親子や夫婦以上にこまやかなものとなり、親友同志の手紙の中には真に息づまるような尊さが感じられるものである。

 五、火事、風水害、地震、津波などの災厄見舞は、先方の安否を訊ね、その災厄に同情の意をあらわし相手の心を励ますように書く。この場合、突差に驚いた意をあらわすためには、時候見舞などの前文などはむしろ一切省いてしまって、いきなり本文へ、すなわち災害を知ったその日に直ちに見舞状を出すことが大切である。

 六、災厄(さいやく)見舞は前項にも述べたが、長たらしいものよりは、むしろ葉書で短く要領よく出す方がいい場合もある。短く書いたからといって決して先方に対して失礼に当るというようなことはない。すなわち先方はその災厄のために気も転倒しているし、ごたごた取り込んでもいるし、だから短い文でこちらの気持だけが先方に通じればいいのである。

 七、見舞の手紙を受けたならば、この場合、時候見舞、病気見舞、災厄見舞どれにも共通だが、すぐに返事を出さなければならない。病気、災厄など本人が書けなければ代筆でもよいからすぐ返事を出すのが礼である。それには順序として手紙をもらった礼を第一に、見舞品の礼は第二に、次に必要に応じて事の様子や経過などを書くのである。

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