悔みの手紙の書き方について

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人生に「死」ほど悲しくも痛ましいものはない。親友を失った時、兄弟姉妹に別れた時、妻に死なれた時、夫を喪った時、子供に先だたれた時など、誰しも悲痛の余り心が乱れて何事も手につかないものである。

こういう場合に親しい人が真心をこめた慰めの手紙をやったらどんなことになるか。悲哀の念もいくらかやわらげることが出来よう、諦めさせることも出来るであろう、そして気を引き立たせる力ともなるのである。こうした手紙が悔みの手紙であり、むずかしい言葉で弔意状と呼んでいるものである。

悔みの手紙は悲しみの底に沈んでいる人に送るのであることを考え、その悲しみを自分も分つ気持でしんみりやさしく慰めなければならない。しかし、だからといって悲しいことばかりを書きならべたのではいけないし、無理に諦めなさいと理屈ぜめで強いるのも思いやりがない。

根本的にはやはりこちらの誠意により、相手の不幸を思いやる心がそこにあらわれているかどうかということが間題である。

いくら形式が整っていても肝心の文章が通り一遍では何にもならない。そこで悔みの手紙の書き方について二三の注意を挙げると、

一、「頭語」や「前文」を略して、すぐ「承われば……」という風に主文を書き出してよろしい。すなわちいきなり本文に入って、驚きの意を述べるのである。先方が大きな不幸に遭って悲しんでいるところへ、ながながと時候の挨拶でもあるまい。

二、古風な形式とか礼儀からいえば薄墨で書かなければいけないとか、巻紙の字を表にして巻くべきであるとか、いろいろむずかしいきまりがあるが、こういうことは今では必ずしも普通一般の方法として通用していない。

三、便箋に書く場合、絵入りの便箋とか、変った罫線のものなどはなるべく避けて普通のものを用い、インクもコバルト、紫などのような明るいものを避け、黒、ブリューブラックを用いるように注意すること。

四、一般に行われる形式は、■死去と知って驚いたこと ■先方の悲しみを察して同情に堪えないこと ■しかし天命は人力の如何とも出来ないことであるから諦めて励むことが肝要であることなどを書く。香料、物品の贈りものをする時はこの次に書くこと。

五、「御死去」という言葉は、手紙の上では露骨になるので「御逝去」「御永眠」「おかくれ」などとする。

六、悔みの手紙には重なる意味を嫌うので「重々」 「重ね重ね」「又々」「尚々」 「追て」「次に」「再三」などの言葉はすべて用いないようにする。

七、友人が親を喪った場合などには、やさしかった故人の思い出を繰りひろげて、追憶の涙にかきくれながら、すっかり先方の胸中にこちらも入り切って一緒に泣いてあげるという気持で書かなければならない。

八、子を失った親に対しては、若し自分に子を失った経験があるなら、それを織りこんで自分の悲しみを述べ先方を慰める。人間というものはこんな悲しみに際しては、妙な心理状態に陥るもので、他人にも自分と同じような悲しみがあったといえば慰められるものである。

九、良人を失った妻に対しては、夫人の心づくしの並々でなかったことを称揚して、その良人の死を悼み、子供があれば子供のために一層の健闘を祈るという書き方などもいいであろう。

十、追て書きをつけるのはよくない。また封筒の「脇附」もつけないことになっている。

十一、香料の書き方については、先方の宗旨の如何によって区別がある。仏教ならば「御香典」「御香料」「御仏前」と書き、キリスト教ならば「御花料」「御花環料」、神道ならば「御神前」「御玉串料」「御榊料」と記し、若しハッキリしない場合には「御霊前」と書けば無難である。

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